聖書の黙想

10月29日 木曜祈祷会

恵泉教会木曜祈祷会

リジョイス10月29日 通読:出エジプト記20章

1. 出エジプト記20章までの背景と文脈

エジプトで奴隷として苦しんでいたイスラエルの民は、神の力強い御手によって十の災いと過越を経て解放され、葦の海を渡って救い出されました(1〜15章)。その後、荒れ野でマナとうずら、岩からの水によって養われながら(16〜17章)、エジプトを出て三月目に、ついにシナイ山のふもとに到着します(19章)。19章で、神はモーセを通して民にこう語りかけられました。「あなたたちは見た/わたしがエジプト人にしたこと/また、あなたたちを鷲の翼に乗せて/わたしのもとに連れて来たことを。」(19章4節)。そして、「あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」(19章6節)と、契約の関係へと招かれたのです。民は三日間身を清めて備え、雷鳴と稲妻、厚い雲と角笛の響きの中で、主がシナイ山に降られました。20章は、その山から神ご自身が民に語られた「十の言葉(十戒)」と、それに続く「契約の書」の始まりです。

  • 十戒の序文と神に対する戒め(1〜11節): 十戒は「~してはならない」という命令から始まるのではなく、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(2節)という救いの宣言から始まります。そのうえで、ほかの神々を持たないこと、いかなる像も造らないこと、主の名をみだりに唱えないこと、安息日を心に留めて聖別することが命じられます。神は「熱情の神」(5節)であり、ご自分の民を誰にも譲ることのない、ひたむきな愛をもって愛される方です。
  • 隣人に対する戒め(12〜17節): 続いて、父母を敬うこと、殺さないこと、姦淫しないこと、盗まないこと、隣人に関して偽証しないこと、そして隣人のものを一切欲しないことが命じられます。最後の戒めは、行為だけでなく心の内側の「欲する思い」にまで及んでいます。神との正しい関係は、必ず隣人との正しい関係となって現れるのです。
  • 民の恐れと仲介者モーセ(18〜21節): 雷鳴、稲妻、角笛の音、煙に包まれる山を見た民は恐れおののき、遠く離れて立ちました。そして「神がわたしたちにお語りにならないようにしてください。そうでないと、わたしたちは死んでしまいます」(19節)とモーセに願います。モーセは「恐れることはない」と答えつつ、神が来られたのは「あなたたちの前に神を畏れる畏れをおいて、罪を犯させないようにするため」(20節)だと語り、ただ一人、神のおられる密雲に近づいて行きました。
  • 契約の書・祭壇についての規定(22〜26節): 十戒に続いて、具体的な生活の規定である「契約の書」(20章22節〜23章33節)が始まります。その最初に置かれたのは礼拝についての規定でした。銀や金の神々を造ってはならず、祭壇は土で造るか、のみを当てない自然の石で築くように命じられます。そして神は、「わたしの名の唱えられるすべての場所において、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する」(24節)と約束されました。

2. 出エジプト記20章の中心主題

この章には、「救いの恵みに応える生き方としての戒め」、「神を愛し、隣人を愛する二枚の板」、そして「恐れではなく、神を畏れる畏れ」というテーマが含まれています。

  • 救いが先、戒めが後: 神は「戒めを守れば救ってあげよう」とは言われませんでした。民はすでにエジプトから救い出され、鷲の翼に乗せられて神のもとに連れて来られた後に、この戒めを受けたのです。十戒は救われるための条件ではなく、救われた者が「奴隷の家」に戻らず、自由な神の民として生きるための道しるべです。ハイデルベルク信仰問答が、十戒を「感謝について」の部分で教えているのもそのためです。戒めを守る生活は、恵みに対する感謝の応答なのです。
  • 神を愛し、隣人を愛する: 十戒は大きく、神との関係(1〜11節)と隣人との関係(12〜17節)に分けられます。イエス様はこれを「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22章37〜39節)と要約されました。安息日の戒めにおいても、休みは自分だけでなく、息子や娘、奴隷、家畜、寄留者にまで与えられるべきものとされています(10節)。神を礼拝することと、弱い立場の人を大切にすることは切り離せません。
  • 「恐れることはない」と「神を畏れる畏れ」: モーセは「恐れることはない」と言いながら、同時に「神を畏れる畏れ」を語りました(20節)。神から逃げ出したくなる恐怖ではなく、聖なる神を敬い、その御前で罪を避けて歩もうとする畏れです。民は神に近づけず遠くに立ちましたが、モーセが仲介者として密雲に近づきました。私たちには今、まことの仲介者イエス・キリストが与えられており、この方によって、私たちは恐れることなく、しかし畏れをもって神の御前に進み出ることができるのです。

3. 黙想と分かち合いのための質問

① 戒めを「重荷」ではなく、「恵みへの応答」として受け止めていますか?

十戒は「わたしは…あなたを奴隷の家から導き出した神である」という救いの宣言から始まります。

(あなたは、神様の戒めを「守らなければ愛されない規則」のように感じて、窮屈に思っていませんか。神様があなたをどのような「奴隷の家」から導き出してくださったのかを思い起こし、感謝の応答として御言葉に従う喜びを分かち合いましょう。)

② あなたの心の中に、神様以外の「神々」や「像」はありませんか?

神は「わたしをおいてほかに神があってはならない」と言われ、ご自分の民をひたむきに愛される「熱情の神」です(3、5節)。

(私たちは木や石の偶像を拝むことはなくても、お金、健康、仕事、家族、人からの評価などを、神様以上に頼りにしてしまうことがあります。あなたが心の中で密かに造り上げている「像」は何でしょうか。また、六日の働きの後に主の日を聖別し、神の前で憩う時間を大切にしていますか。)

③ 神様の前に「遠く離れて」立っていませんか?

民は恐れて遠く離れて立ちましたが、モーセは「恐れることはない」と語り、神のおられる密雲に近づいて行きました(20〜21節)。

(自分の罪や弱さのゆえに、神様に近づくことをためらい、祈りや礼拝から遠ざかってはいないでしょうか。私たちのための仲介者であるイエス・キリストを通して、恐れではなく「畏れ」と信頼をもって神様の御前に近づき、日々の生活で隣人を愛する歩みへと遣わされていきましょう。)

4. 祈り

私たちをエジプトの国、奴隷の家から導き出してくださった、愛と恵みに満ちた天のお父様、

出エジプト記20章を通して、あなたが救いの恵みを先に与え、そのうえで私たちが自由な神の民として生きる道を、十の言葉によって示してくださったことを心から感謝いたします。

主よ、私たちはしばしば、あなたの戒めを窮屈な規則のように感じ、また、あなた以外のものを心の中で神とし、それに頼って生きてしまう弱い者です。どうか私の内にある見えない偶像を取り除き、熱情をもって私を愛してくださるあなただけを、心を尽くして愛し、礼拝する者としてください。

また、あなたを愛する愛が、家族や隣人を敬い、大切にする具体的な歩みとなって現れますように。偽りや貪りから私の口と心を守り、弱い立場にある人々にも安息と慈しみを分かち合う者としてください。

罪のゆえにあなたから遠く離れて立っていた私たちのために、まことの仲介者イエス・キリストを与えてくださったことを感謝します。恐れではなく、あなたを畏れる畏れと信頼をもって、日々あなたの御前に近づくことができますように。あなたの名の唱えられるこの恵泉教会の祈りの場に臨み、私たち一人ひとりを祝福してください。

私たちの仲介者であり、律法を全うしてくださった主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

添付ファイル

恵泉教会木曜祈祷会-261029-出エジプト記20章