恵泉教会木曜祈祷会
リジョイス9月10日 通読:ヨハネの黙示録4章
- 黙示録4章の背景と文脈
黙示録2章と3章で、地上の七つの教会が直面する迫害、妥協、そして苦難の現実が語られた後、
4章で視点は「地上」から「天」へと劇的に引き上げられます。
・天に開かれた門(1〜3節): 地上ではローマ皇帝が絶対的な権力を振るい、教会は迫害の危機
にありました。しかし、ヨハネは御霊に満たされ、この世界を真に支配しているのは地上の皇帝
ではなく、「天の玉座」に座っておられる神であることを幻として見せられます。
・二十四人の長老と四つの生き物(4〜8節): 玉座の周りには、旧約の十二部族と新約の十二使
徒(すなわち、すべての時代の神の民全体)を象徴する「二十四人の長老」が座っています。ま
た、被造物全体を代表する「四つの生き物」がおり、昼も夜も「聖なるかな」と絶え間ない賛
美を捧げています。
・冠を投げ出す礼拝(9〜11節): 長老たちは、自分たちがかぶっていた「金の冠(勝利や栄誉
の象徴)」を玉座の前に投げ出します。すべての栄誉は自分たちのものではなく、万物の創造主
である神のみに帰されるべきだという、真の礼拝の姿がここにあります。 - 黙示録4章の中心主題
揺るがない宇宙の中心(玉座): 4章の中だけで「玉座(御座)」という言葉が十数回も登場しま
す。私たちの人生や世界がどれほど混沌として見えても、宇宙の中心には決して揺らぐことのな
い神の玉座が据えられており、神が完全な主権をもって統治しておられます。
真の礼拝(冠の放棄): 信仰によって得た勝利や、地上でのいかなる実績・栄誉であっても、そ
れを自分の手柄として誇ることはできません。自らの「冠」を神の足元に投げ出す完全な自己放
棄と謙遜こそが、天国における礼拝の基本姿勢です。
創造主への絶対的な賛美: 祈りはしばしば「私の願い」に終始しがちですが、天の礼拝の動機
は「神が万物を創造され、神の御心によって私たちが存在しているから」(11節)という、神の
ご性質そのものへの圧倒的な感謝と賛美です。 - 黙想と分かち合いのための質問
① 地上の問題から目を上げ、「天の玉座」を見ていますか?
ヨハネは苦難のただ中で「ここへ上って来い」と招かれました。
(今、あなたを圧倒している地上の問題(人間関係、健康、経済、将来の不安)は何ですか。そ
の問題よりもはるかに高く、大きく、すべてを支配しておられる「天の玉座の神様」に視点を移
すとき、あなたの心にどのような変化が生まれるか分かち合ってみましょう。)
② あなたが神様の前に「投げ出すべき冠」は何ですか?
長老たちは自分の頭にあった金の冠を、神様の足元に投げ出しました。
(あなたが密かに誇っている自分の実績、地位、プライド、あるいは「自分は正しい」という自
己義認の冠はありませんか。今日、それを主の御前に投げ出し、すべての栄光を神様にお返しす
る決断をしましょう。)
③ 「ただ神様が神様であること」を賛美していますか?
四つの生き物と長老たちは、自分の利益のためではなく、ただ神様の聖さと創造の御業のゆえ
に礼拝を捧げました。
(私たちの祈りは「〜してください」という要求ばかりになっていないでしょうか。今日は願い
事を一旦横に置き、神様がどれほど素晴らしい方であるか、そのご性質だけをたたえる賛美の時
を持ってみましょう。) - 祈り
万物を創造し、今も生きておられる天のお父様。黙示録4章の御言葉を通して、地上の混沌の背
後にある、決して揺らぐことのないあなたの玉座を見せてくださり感謝します。
私たちは日々の生活の中で、目の前の問題や困難ばかりに目を奪われ、あなたが全宇宙を支配
しておられることを忘れて恐れてしまいます。どうか御霊によって私の目を開き、天に設けられ
た玉座と、そこで繰り広げられている圧倒的な礼拝の幻を、私の心にも焼き付けてください。
また、私が自分の力で手に入れたと勘違いしている小さな実績やプライドという「冠」を、今日、
あなたの足元に投げ出します。私には何の誇るべきものもありません。私の存在も、命も、救い
も、すべてはあなたの御心によるものです。
「〜してほしい」という願いを越えて、ただあなたが栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方
であることを、心から喜び、たたえ続ける真の礼拝者へと私を変えてください。
世々限りなく生きておられる私たちの主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン。